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朝靄のくゆる/あきびん

朝靄のように、白い煙が部屋に漂っている。つんとした苦いにおいの煙草は、よく嗅ぎなれたものだ。そう、秋声の愛用しているものと同じにおい。

「……え」

「おやァ? おはようございます、お寝坊さん。煙草、いただいてますよ。ああ、目覚めの気分はどうですか?」

「どうって……った、わ」

身体を起こした秋声は、起こそうとして力の入らずに、途端に布団の上へと転げ戻った。腰がじんと痺れて重い。どうしてこんな、と思い返したところで、昨夜のことが頭で再生された。かあと頬に熱が集まる。意識してしまえば、後孔だってまだその柔らかさを残しているようだ。中からどろりと残滓の溢れ出てきそうなのをきゅうと力を入れて堪えて、秋声は恨めしそうに、目の前でぷかぷか煙草をふかす白髪を睨めつけた。

「ふふ、そう怖い顔しなさんな。お前ェさんだって散々ヨガってたろうに」

「そっ……! んなこと、」

「あります、よねェ。ほぅらこの背ェ、見てくださいよ。君の爪でこんなに、赤ァく腫れちって」

くふくふ楽しそうに笑いながら、美妙がはらりと背中を見せた。髪の色に負けず劣らず真っ白い背中には、真っ赤な蚯蚓腫れが、蟻の巣のように張り巡らされている。中には血の滲んで痛そうなものもあるというのに、目の前の男はおかしそうに笑うばかりだ。そのあまりに痛々しいのに、ひゅう、と秋声は息を呑んだ。

「っ、すみません……そんな、つもりじゃ」

「うん? 良いんですよ。別に謝ってほしくて見せたわけじゃァなし。ま、男の甲斐性さね。まァこれだけ君に愛されたって思うと……ああ、いけねェや」

「え、」

ぐしゃり。吸い殻で一杯の灰皿の中に今吸っていた一本を追加しながら、美妙はその口元をくつりと歪めた。灰青の瞳がぎらりと光って、秋声の薄灰を捉えて、離さない。途端に夜の気配を色濃く纏うその白い影にはっと息を呑んだ秋声に、だけれども、逃げる場所なんて有りもしない。

「思い出しちまって、かなわねェや」

よく嗅ぎなれたそのにおいが近づいてくる。逃げようにも、身体も動かなければ、そんな気だって、本当のところ、少しも起こらず。

 

がぶり。噛みつかれたその唇が、じんと苦い味を伝えてきた。

 

 

 

***

 

「あ、んっ、ン!」

「……まァだ、やらかいですねェ」

昨夜の名残を湛えた後孔は、美妙の指を難なく受け入れた。細く長い、しなやかな指先が、我が物顔で入り込んでくる。拍子に溢れる美妙の精液が、ぶじゅりと鈍い水音を立てた。それを聞いた秋声の耳が、かっと赤くなるのを見下ろして、美妙の顔が笑みに染まる。

「かぁいい」

「ん、ん……っ」

「そんなことないって? 馬鹿いっちゃいけませんよ。君は可愛い。ねェ、もっと見せて、聞かせてくださいよ」

「ン、あ、あっ!?」

増やされた指が、ばらばら動いて秋声の良いところを擦っていく。電流にも似た快楽が、腰から昇って脳髄を痺れさせた。こんな日の高いうちからこんなこと。誰かに聞かれてしまうかもしれない。窓の外を、扉の前を、誰かが通っていくかもしれない。そうは思えど、気持ちの良いのには逆らえない。

「あァ、そうそう、その調子」

美妙の指をきゅうきゅう締め付けながら、秋声は甘ったるく喘いだ。とろりと濁った薄灰は、昨夜にさんざ与えられた快楽をリフレインして涙で濡れて、まるで誘蛾灯のようにきらめいている。これじゃ蝶じゃなくて蛾じゃねェか、とくつりと笑って、美妙は着流しの下で硬くなっている自身を取り出した。その熱い切っ先を、指を失って淋しげなその後孔に押し当てれば、そこはぷちゅりと口吸いでもするように歓迎して、早く早くと急かしてくる。

「ッ……あ、びみょ、お、さん……」

ください。と、秋声の小さな口がそっと紡ぐ。熱に逆上せた瞳は、ただ真っ直ぐに美妙の瞳を射抜いて、今か今かとその時を待っていた。桜色に上気した頬も、しとりと汗ばんだ腹も、ぴんと尖った胸も、どれもこれもが、雄を誘うための餌でしかない。

「~ッ、こりゃァ……」

ごくり。思わず、美妙の喉が鳴った。昨晩も散々食い散らかしたっていうのに、お天道さんが昇ってもこれだ。とんだ弟子を持ったものだよ、なあ、紅葉。悪いね、と誰彼となく心中でごちて、美妙はぺろりと舌なめずりをした。

「……参った」

途端、ごちゅりと熱杭を打ち込まれて、秋声の背が弓なりにしなる。かは、と吐き出した息は、すぐに甘い吐息に変わった。

「~~あ! ッあ、ン、ん……っ、うぁ……あ!」

「あァ、本当に、とんだ魔性だよ、お前ェさんは」

伸ばしてくるその手を好きにさせたまま、美妙もまた、好き勝手に秋声の奥を穿った。縋るものを探してか、ぎゅうと秋声に抱き寄せられるままに、唇同士が近づいていく。互いの息も感じるほどの距離で、根負けしたのはどちらだったか。気がつけば、唾液でも交換するかのように深く深く、口づけていた。息苦しそうな秋声に気がついて口を離してやった美妙だが、そうというのに秋声は構わずに口づけてくる。応えてやる毎に秋声の後孔はきゅうきゅう美妙を締め付けて、喉からは猫のような声が響く。それに応えるようにして、散々秋声の口内を味わって、ようやっと離してやったその間には、つぷりと銀糸が伝って切れた。酸欠か、快楽でか、すっかり力の抜けた秋声は、真っ赤な顔ではふはふ荒く呼吸をするばかりだ。その後ろではなおも美妙を食んだまま。

「は……ッ、あ……あ……っ、あ、あァァ!?」

「これで終わり、だなんて思っちゃいねェだろォ?」

脱力していた秋声の身体が、雷に打たれたようにぴんとしなる。今までよりもうんと深くを、美妙の男根が貫いていたのだ。力の抜けたことでなお深いところをせめてくるそれに、秋声は目を白黒させる他ない。今までだって、他の誰も受け入れたことのないようなところだ。熱くて、びりびりして、なによりも気持ちいい。頭の中が真っ白だ。ただただ未知の快楽に酔いしれたい。しかしそうは思えども、そこを新たに開発してきた侵略者は待ってはくれない。いくばくかもしないうちに、律動が再開される。

「あっ、あ♡ま♡って、ま、あッ♡」

「待つ? こんなに気持ちよさそうにしてるのに、ねェ?」

ずぶずぶと容赦なく奥を刺激されて、その度に脳が融けるようだった。あつくて、きもちがよくて、とてもなにもかんがえられない。

秋声が煮詰めたような声を上げるのに、美妙はにいと満足そうに笑っていた。かわいい、と呟きながら、その上気した頬をするりと撫ぜる。たったそれだけの刺激だって、秋声は可愛く啼くものだから。

「っあ、い、いく♡いっちゃ、あ♡」

「ふ、いいですよ」

ぐじゅり、と美妙が殊更つよくその奥を穿つと、秋声はぴんと背を反らせて後孔を強く締め付けた。それに呼応するように美妙は最奥に精を吐き出して、同時に、秋声もぴゅくりと達したのだった。

 

 

 

***

 

次に秋声が目を覚ましたのは、とうに昼餉の時間も過ぎた頃だった。向かい合って寝息を立てる白い男に、黙っていれば……などと考えたのも束の間、己の股座の間の違和感に、さあっと血の気が引いていく。

「っ、ま、さか、」

「ふあ……ああ、おはようございます、秋声」

「美妙、さん、あのっ……、ッ!」

「……ああ、これですか? 朝から誰かさんが可愛らしく求めてくれるものですから、つい」

ぐじゅりと腰を動かされて、甘い痺れが背筋を走る。もうこれ以上は勘弁してくれと、息を詰める秋声に、美妙はくつくつ笑って口を開いた。

「お望みとありゃァ、まだ……」

だが、その言葉を遮ったのもまた、美妙自身だった。ぐううと大きく鳴った腹の虫が、二人の間をつかつか通っていく。

「うーん、こりゃ格好がつきませんねェ。ねえ、何か食べ物を……」

「……できると思いますか」

じろりと美妙を睨みつけてくる薄灰色もまた、ひどい空腹を湛えていて、情欲の欠片も見当たらない。これでは続きもままならないだろう。それに、美妙だってこのまま、というのはとても御免だ。

「……仕方ねェ、今日のところは僕が何か取ってきますよ。イイコで待っててくださいね」

「子供扱いしないで……ッ、ん」

挿れたままだった陽物を引き抜くと、秋声がふるりと身体を震わせた。僅かに戻る夜の気配も、けれども腹が減ってはなんとやらだ。

「じゃ、ちょおっと、借りていきますよ」

「えっ、ちょっとそれは」

そこいらにあった着流しと、羽織を簡単に羽織って、美妙は部屋を出ていった。ぱたん、と扉が閉じる。部屋の中はすっかり静寂に包まれて、秋声は身体のだるいままに、起こしかけた身体を布団に戻した。すん、と息を吸えば、鼻腔を精液と、煙草の匂いが満たしていった。なんて堕落した部屋だろう。窓の向こうから仄かに届く昼間の光は、厚い布地に遮られて届かない。ずっとずっと、この部屋ばかりは夜の中のようだった。さしずめ自分は、夜の蝶に魅せられた小花だろうか。このまま落ちて、枯れてしまいそうだ。それでも……。

「……あれ、そういえば……」

ふと、彼の人の羽織っていった、自身が平素腰に巻いている羽織を思い出した秋声は、ただただ、道中で彼の人が兄弟子にだけは会わぬように、そう祈った。

 

***

 

「秋声! 貴方姿が見えないと思ったらこんな昼間になって……って、貴方、秋声ではありませんね……? なのになぜその羽織を……それは……秋声の……」

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